2015年1月17日土曜日

農村消滅論から大転換

『農業経営者』1月号に掲載された編集長インタビュー記事(下記URL)を1月16日のメルマガから転載させて頂きました。
http://agri-biz.jp/item/detail/8113 

 お相手は、昨年末に『スマート・テロワール 農村消滅論からの大転換』を上梓された松尾雅彦氏(元カルビー(株)社長、NPO法人「日本で最も美しい村」連合副会長)です。1月号の誌面をどうぞお楽しみください。

松尾雅彦氏プロフィール

     カルビー(株)取締役相談役
Matsuo_Masahiko1967年カルビー入社。宇都宮工場長、取締役を経て、80年カルビーポテト設立と同時に社長就任。北海道を中心に全国でジャガイ モの契約栽培と貯蔵体制を確立し、ポテトスナック原料調達システムを整備する。92年カルビー社長、06年から相談役。08年10月食品産業功労賞受賞。 NPO法人「日本で最も美しい村」連合副会長を務める。


 『スマート・テロワール-農村消滅論からの大転換-』は、地方創生と地方自治にとって本質的な提案をしてくれていると思います。
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著書『スマート・テロワール 農村消滅論から大転換』

上梓に際して伝えたいこと

 昆吉則(本誌編集長) 松尾さんの著書についてお話をうかがいたいと思います。まず、『スマート・テ ロワール』に込めた意味から教えてください。 

松尾雅彦 「スマート・テロワール」の「スマート」とは、賢い、利口な、無駄のないという意味です。農村部の住民が参加して、農村の地域社会を創ることを 「スマート」という言葉で表しました。「テロワール」は、産地の特徴を活かした地域の概念です。よくワインやお茶などの産地に使われる言葉です。二つを組 み合わせて「スマート・テロワール」としました。

みなさんは普通、日本の社会を都道府県や8つの地域で区分しますよね。私は、全国の市町村を大都市部と農村部と中間部という3つに分けました。 これは、私のオリジナルの考え方の一つです。3つに分けてみると、大都市部に4300万人、農村部に4300万人、中間部に4200万人が住んでいること がわかります。
このように三分割することでいろいろな発見があります。東京都と20の政令指定都市、その周縁部の人たちは、農地がないので世界中から原材料を取り寄せて 食の体制を整えています。周縁部では大都市の需要に応える使命があるため、果菜類など収益性の高い農業をしています。一方、日本の79%の農地がある農村 部の4300万人は、自給することが経済的に地域社会を守ることになります。これを自給圏と呼びます。
しかし、いま、農村部の人たちは他地域でつくられたものを食べています。地方のスーパーマーケットで販売されている食品の70%以上が他地域のものですね。
農村の問題を解決するには、東京一極集中の対極となる「スマート・テロワール」の自給圏を形成することを最優先すべきです。

昆 現在の農村の問題とはなんですか。
松尾 農村の問題、あるいは日本全体の問題は三つあります。一つ目は人口減少です。人口減少の要因が少子高齢化にあるという識者の判断は間違いで、実は農 村から都市へ人が流出しているということが問題なのです。二つ目は、昭和40年ごろから続いてきた流通革命です。この流通革命によって農村の地域内での流 通が破壊され、地産地消ができなくなっています。三つ目は、これらの「不都合な現実」は政府が実行してきた政策によって起きているのに、その政府が主導で また解決策を実行しようとしていることです。経済というのは、基本的に政府が手を出せば失敗するものです。諸外国でもそれは共通しています。
昆 開発途上国の段階であれば、国や官が主導することもあり得ますが、そういう時代は終わっているということですね。
松尾 成熟した国家で、政府が口を出すと国はだめになるのです。

昆 地域創生のために、また助成金をばらまこうとしていますが、問題をより深刻化させてしまうことになりますよね。
松尾 地域はそれぞれが他にはない特色を持っているので、その地域の人たちが自らビジョンを創らないといけません。
昆 官による支配には限界があって、地方が主体的にやらなくてはいけないということは、頭のどこかにあっても、そう動かない現実があると思います。国がなんとかしてくれるのを待っている感じがしますよね。
松尾 都市にも考えない人たちがあふれてきています。政府の景気対策は都市の政策なので、一つ目の問題で指摘したように、農村から都市に人が流出してしまいます。結果として都市は過剰人口を抱え、農村には人口減少をもたらしています。

昆 二つ目の問題として挙げられた流通革命による問題とはどんなことですか。 
 松尾 流通革命によって、スーパーマーケットが成長しました。食料品店とか、 金物店とか、日用雑貨店とか、それまであった業種別の店がつぶれ、一つのスーパーマーケットにまとめられていきました。同時に、スーパーマーケットの食品 は都市の食品加工業者によって供給されるようになりました。この流通革命によって、給料は農村のほうが少ないのに、東京の価格が地方でも標準になりまし た。これが農村が豊かにはなれない理由の一つになりました。
そして、1972年からこの加工食品の原料は日本産から海外産へと移っていきます。円高になったため、海外の原料を買うほうが安くなったからです。それに 国内の農業に文句を言わなくても済みますしね。85年には、プラザ合意によって円が1ドル240円ぐらいから120円ぐらいになり、この円高の趨勢がさら に海外原料への依存度を高めました。70年代に登場した外食チェーンも、このプラザ合意のころを境に原料を海外産にシフトしていますね。
昆 食品加工メーカーが海外原料に依存してきた背景はそういうことだったのですね。
松尾 食のグローバリゼーションですね。

昆 グローバリゼーションといえば、マクドナルドが71年に国内でオープンして、フレンチフライが販売されるようになりましたね。
松尾 そうですね。私は、日本のジャガイモがどうやったら米国のアイダホのフレンチフライに勝てるかと考えました。地元愛に基づいたマーケティングが唯 一、勝てる方法だと思います。それ以外にチャンスはありません。それがこの本の重要なコンセプトでもあります。グローバリゼーションは永遠に続きます。で すから、地産地消のベースをつくって、グローバリゼーションに対処する「砦」を築くことを勧めています。「スマート・テロワール」は、消費者が供給者に手 を差し延べ、消費者と供給者が一つの環としてつながることによって生まれます。
昆 生産者側だけではなくて、消費者側も動かなくてはいけないということですね。
松尾 消費者、つまり地域住民が動くということですね。

昆 物質循環の面からも「スマート・テロワール」を解説していただけますか。
松尾 「スマート・テロワール」の地産地消は循環型社会を形成する中核システムです。そこがグローバリゼーションと異なります。グローバリゼーションの場 合、お金やモノを出しても戻ってきませんが、地産地消であれば地域内で循環します。18世紀の終わりに、フランスで論争が起こり、ケネーは重農主義、コル ベールは重商主義を唱えました。重商主義は、他地域との取引の中で富が生まれるというものです。重農主義は自然法に基づいた、理想的な循環型社会にするこ とによって富が生まれるという考え方です。これまでは英米の重商主義が経済を主導してきました。ところが、21世紀はサステナビリティ、つまり持続可能な 社会が最も重要なコンセプトになりました。これはまさに地域社会の中に物質循環システムをつくっていくことですから、重農主義の考え方ですね。

昆 グローバリゼーションによって安いものを求めてきた結果、地球環境そのも のが自然な物質循環を止めているという側面もありますね。農地も物質循環がないために、おかしな状況になっていっています。たとえば、日本の農地に必要な 量をはるかに超える窒素成分が海外から入ってきているということもその一つですね。経済循環の面からも「スマート・テロワール」を解説していただけます か。
松尾 循環する社会を構想したときに、もう一つ循環させる必要があるのはお金なんですね。お金を地域内で循環させると地域が豊かになります。そのために は、地域の食べものをおいしくすることが必要です。ヨーロッパは「美食革命」と「スローフード」で農村の危機を乗り越えました。ミシュランの星付きのレス トランもつくりました。農村が豊かになるためには、地域の住民にお金を使ってもらわないといけません。地域のおいしいものにお金を使ってもらうのです。地 産地消というのは単に地域のものを食べてもらうということにとどまらないで、地域の食文化を高め、おいしいものを地域内で提供して食べてもらうことです。 外に出すより先に、地域でおいしいものを食べるという考え方です。すると、地域に持ち込まれたナショナル・ブランド商品への関心が薄れ、外部ではなく地域 内にお金を落とすようになります。また、地域の人たちが地域の食べものに誇りを持つことも大切です。イタリアの人々は、他地域のワインはまずいと言うぐら い自分が住んでいる地域の食べものを誇りにしています。それが世界中にイタリアンのブームを起こしました。このような「美食革命」によって、農村の成長が 始まります。

昆 イタリアは、デュラム小麦のセモリナ粉を使ったものしかマカロニとは言わせないですよね。それが、自分たちの地域の文化と食材と食文化とを一体的に認識しているということなんですね。
松尾 イタリアは、普通のパンやパスタをつくるための小麦の生産はフランスに任せたのです。地元の小麦は高級なパンに使うぐらいにして、ワインとオリーブオイルの生産に転換していきました。それでイタリアの農業は豊かになりましたね。
昆 地産地消という言葉は農業界でずっと言われてきた言葉ですが、いままで違和感を覚えてきました。国民に対して、「食え、食え」と言っているように聞こえたもので。
松尾 消費者側はむしろ、地産地消をやりたかったと思います。農業側のほうがやらなかったのだと思いますよ。「スマート・テロワール」は、消費者が供給者とつながることで生まれるということです。

昆 我が国の食品産業は輸入穀物を原料にしていて、それが結果として食料自給率を下げていますね。たとえば、醤油や味噌に使う大豆は輸入されています。 「スマート・テロワール」が構築されることによって、農産物は一定の価格を維持しながら、輸入原料を使っているナショナル・ブランドと比べ、安い加工品を 提供できるということですが、それはどうしてですか。
松尾 カルビーは、農家から高く買って消費者に安く売るということをしてきました。なぜ、それができるか。簡単なことです。コストの90%は物流費なので す。原材料費の中身はほとんどが物流費です。人件費に見えますが、物流費です。したがって、遠くに持っていくよりも近くに持っていくほうが安いのは当たり 前でしょう。近くであれば、農家から高く買って、消費者に安く売ることは極めて簡単なことなのです。そのうえで、その消費規模に合った工場を持って、一番 安いコストでつくれるようになればいいわけです。そして、地域限定というブランドをつけて、「ナショナル・ブランドより3割安くしますよ」とすればその地 域の人に買ってもらえます。

昆 醤油や味噌は、もともと日本各地でつくられてきましたよね。
松尾 小さいですけど各地域にありますね。一般市場で販売している醤油屋は全国で400軒あるそうです。業務用で醤油をつくっているところを含めると 1000軒だそうです。ナショナル・ブランドを買っていた消費者が、地域の醤油を買うようになれば、設備の操業度が上がるので原価が下がります。消費者に 安く売れるわけです。工場の製造能力以上に消費がある場合はもうかります。安い、おいしい、もうかる。これがカルビーの不敗神話ですね。価値があるから高 くして認めてもらおうというのは、ものづくり屋さんの失敗の始まりですね。
昆 いまの農業もそうですね。産地ブランドはみんなどうやって高く売るか考えていますよね。
松尾 原料にしても、市場の農産物にしても、加工食品にしても、相場があるんですよ。それより高くしても売れません。

昆 松尾さんは常々、現代において農業の成長は加工業が成長しない限りあり得ないとおっしゃっていますが。
松尾 いまから40年前は家庭調理の割合は3分の2でした。いまは3分の1になっています。代わりに増えたのは加工食品と外食です。生産者はそこに供給し ないと、辛い競争になります。家庭調理で使う生鮮野菜やお米の供給量はフルですから。その中でもユニークな仕事をしている人はたくさんいて、マスコミはそ れを称えますね。でも、それは国内の農家の同士討ちで勝っただけです。外国の農家と戦って勝ったわけではないですね。 
昆 競争してお互いが高まっていくというのは必要なことですけど、国内の農家がつぶし合いをしているということですね。それよりも海外に取られているものを取り戻すチャンスが我々にはたくさんあるということですね。

昆 日本の農業、農村の将来を考えるとき、我々が初めに考えなければいけないことはなんですか。
松尾 20年のうちに3割以上の農村の役場がなくなるといわれています。20年後、自分の村が残っているか考えてみてください。農業をやっている人たちが 考えなければいけないのは農村の人口減少です。農村がなくなれば農業もなくなります。人口が減るということは消費がなくなりますから。とくに、女性が都市 に行かないようにするために、みんなで手を結ばなければいけません。たとえば、商品の加工工場をつくって女性を雇用するというようなことです。そのために 自分にはどういう「つとめ」があるか考えてほしいと思います。

昆 農村経営研究会でも、この本でも、30年後の農村のビジョンを描きなさいとおっしゃってくださっていますが、その中での農業経営者の「つとめ」とはなんでしょうか。
松尾 「つとめ」を説明するために「かせぎ」も説明しましょう。「かせぎ」は利己主義で、自分の利益を上げること、「つとめ」は利他主義で、社会、人のた めになることです。農村がなくならないためには、自分が農業を通じて、地域社会にどういう「つとめ」を果たさなければいけないかを考える必要があります。
昆 「かせぎ」も、それぞれの人には必要なわけですよね。
松尾 「つとめ」の中に「かせぎ」の種があるという考え方です。よく大企業がやるように、「成功したら社会貢献活動をしましょう」というのとは違います。
昆 もうかったから寄付するということではなくて、初めから利他主義にするということですね。
松尾 そうです。事業そのものが「つとめ」で成り立っているということです。たとえば、地域の消費者のために醤油や味噌や豆腐をつくる。そのためには大豆 を作らなければいけない。加工品は、大豆の品質が良くないとおいしくならない。つまり、消費者のために、大豆の品質を上げる「つとめ」があるわけです。反 収150kgを300kgに増収したほうが利益が出るというのは「かせぎ」の話です。日本では、骨の髄まで「かせぎ」に毒されていますよね。たとえば、長 野県の小布施町は町民が「つとめ」として、花を植えて、花のある街にしました。「つとめ」から事業のチャンスを考えるのが農村です。農村は、そういう絆が ないと成り立たちません。

昆 農村は、そういうエリアだということですね。
松尾 震災以降、ようやく絆という言葉が思い出されましたね。震災がなければ、みんな利己主義の経済の枠組みに頭の中が染まっていました。『農業経営者』 の読者も「かせぎ」の考え方で成功した人たちですよね。「スマート・テロワール」を始めるときには一番の抵抗勢力になりますよ。成功しているということ は、地域のためではなく、他地域に売っているということですから。昆さんもそれに染まっていませんか。
昆 あっはっはっは。でも、おっしゃることはわかります。「つとめ」の中から自分の事業的役割を果たして進化させていけば、永続的な事業になっていくということですね。それは極めて21世紀的な農業になるだろうと思います。
松尾 いままでの延長では農村をだめにするだけです。私は、規模を大きくして成功した経営者に、「あなたの才覚はいまから活きる。活かしてほしい。その成功した才覚で活かしてほしい」と伝えたいのです。

昆 いまのままでは農村の将来はないということは、ほとんどの読者が理解し、共感すると思いますね。ただ、「理想はわかった。でも、現実問題としては『かせぎ』も必要だ」と考えると思います。
松尾 現実的にはいまの事業をそのまま続けてください。地域のための作物を作って地域で売るのは新しい事業として考えればいいわけです。
昆 従来の事業をやりながら、地域のためになることをやるという機運は、読者の中にもかなりあると思います。
松尾 たとえば、地域のために、地域限定の醤油、味噌、豆腐をつくる。そのために大豆を作るというのは単独ではできません。「スマート・テロワール」、つ まり自給圏をつくって、生産者と加工場の人たちとが「この値段で売りましょう」という話し合いから始めればいいでしょう。

昆 6次産業化では東京に売ろうとしているんですよね。いずれ東京に売ればいいけど、地元で先においしいものをつくろうというお話でしたね。
松尾 地元でベースをつくらないと、6次産業化しても東京では売れません。それは地域ブランドではなくて、地域ネームにしか過ぎませんよね。
昆 ブランドはお客さんが決めるものですからね。
松尾 お客さんの心の中に残るのがブランドです。地域の中で醤油でも味噌でも地域の中で勝ち抜いたものが全国に出ていくべきです。
昆 日本の農業は、どうしても瑞穂の国幻想があって発想転換ができません。
松尾 そもそもコメを作っても売れないということですよね。
昆 800万tの需要しかありません。自給圏の中で畑地を増やすにはどうしたらいいですか。
松尾 たとえば、大豆を作る人がいても水田の隣で大豆を作ると醤油や味噌や豆腐にするための品質の良い大豆が作れないわけですね。でも、水田を続けている ことを責められない事情もあります。北海道の美瑛町の100年史を見るとわかります。コメが余り出したころ、美瑛町では農林省に言われて水田を畑地にしま したが、何をやってももうかりませんでした。加工工場に売らない限り市場に出すことになる。つまり、その作物は増産になるから価格は下がるわけです。だか ら自給圏の中で、たとえば、醤油、味噌、豆腐の加工工場をつくり、地元の消費者がその商品を買えば、畑で作った大豆が売れる。農家は水田を畑地に変えられ る。つまり、コメの代わりに他の作物を作るということは、個人ではできないことで、組織的な合意が必要です。だから、自給圏のメンバーが集まって、こんな 農村をつくりましょうというビジョンを創る必要があるのです。
カルビーの初代社長である私の父は、北海道の芽室町の農家にポテトチップをつくりたいと相談に行きました。そこで、仲間が集まってカルビーのポテトチップ 事業を応援する農家グループができました。それが芽室農協の中の加工馬鈴しょ生産組合になっていくわけですね。団結する集団がないと水田を畑地に変えられ ません。市場経済は個人戦ですが、これからは団体戦の時代になるでしょう。
ビジョンを創るには、このような歴史に学んでもいいですし、40年前に疲弊した農業だった欧州がいま、どんな成長を遂げているか視察するのがよいでしょう。
畑地に変えるというビジョンを持った場合は、まずは有力な水田農家が小面積でいいですから自分の水田をつぶして畑地にするというモデルをつくることを勧め ています。たとえば、水田だったところで300kgの大豆がとれるようになるには輪作ですから5年はかかると思っています。地域の人たちに「なるほど。畑 地にすれば、水田で作るよりも収益があるんだな」とわかってもらうためにはいくら理屈を言ってもだめです。実例をつくって見せることですね。

昆 とくに府県の水田地帯の農地には、小さな地権者が大勢いて、ダイナミックな畑地がつくれない状況にあります。でも、そういう人たちがあと数年で農業を 辞めていくでしょう。すると、隣の水田の水の影響を受けない、ダイナミックな畑地をつくることもできるようになると思います。
松尾 自給圏の中で、どこまでが水田で、どこからが畑地や放牧地だというようなゾーニングは、地方自治体が間に入ったほうがスムーズに話が進むでしょう。
昆 読者の中には飼料用のトウモロコシを作っている人たちがいます。輸入されている量が1600万tありますので、国産で作る意味を理解してくれています。コメの代わりに大豆や麦を作るという話も読者は納得するだろうと思います。
松尾 大豆の需要について説明すると、需要は約90万tあります。アバウトに計算すると約23万ha。4年輪作の場合、4倍ですから約90万ha。
昆 減反が約100万haですね。

松尾 大豆、麦、ジャガイモ、トウモロコシの輪作だとすると、トウモコシが250万t。250万tの国産、地元産の飼料用トウモコロシは、どの畜産の餌と して使うか選ぶ必要がありますね。私は一番、付加価値がつくハム、ソーセージになる豚に与えるのがよいと思います。餌を地元で作れば肉も産地認証が取れる でしょう。その餌を使ったハム、ソーセージは、輸入原料を使ったナショナル・ブランドに勝てますね。このマーケティング戦略は私の得意技ですから参考にし てくださいね。
昆 後出しじゃんけんですね。ナショナル・ブランドには、後出しじゃんけんで勝てるということですね。
松尾 結果を見てから仮説を当てはめれば負けません。

昆 「スマート・テロワール」を始める前に、国にすがってしまう農村もあるのではないかと思われるのですが。
松尾 そのときは人を替えなければいけません。従来の事業を続ける人は残ってもらい、これから成長する事業には新しい人を入れます。醤油や味噌のマーケ ティングをやってくれる人は都会から農村に戻ってくる人です。いま、20代、30代の若者の3分の1は農村志望だといわれています。誰でもいいというわけ ではなく、その中から選ぶ必要があります。いまのつつましい食事で我慢するような人ではだめです。美食革命や逆流通革命をしますので革命家でないとだめで す。
昆 家族が協力して美しく貧しく暮らすみたいなことを美徳にするようなところがありますが、美食革命が必要だということですね。また、伝統や風土もわかっ ている人たちが中心となり、生産者、供給者に加え、地域の消費者も交えて団体戦にしていくということですね。すでに人を招き入れている地域もありますが、 実際に都会から人をどう招き入れたらいいでしょうか。

松尾 農村部にはおもちゃ箱をひっくり返したくらい、いろんなチャンスがある ということを見せるのがいいでしょう。ただ、その前に地域の住民が一緒になって、この地域をどうするか、30年後のビジョンを創ることが必要です。それを 考えてから受け入れてください。いろんなことがチャンスだとわかると、いろいろな人たちがわっと押し寄せますが、個別対応するのは難しいです。地域ぐるみ の30年ビジョンがあれば、それを示して対応すればいいわけです。
昆 30年後のビジョンを創るためにはどうしたらいいですか。
松尾 先ほど触れたように、たとえば畑地に変えたらどんなによいか実証することです。実証するには5年はかかります。30年というのは、実証しながら、共感を得ながら積み上げていきます。だいたい15年で一つのアウトラインができると思います。
 
昆 女性の雇用の場をつくるというお話もありましたが、女性を招き入れるためにはどうしたらいいでしょう。
松尾 美食革命を推進するのは女性です。いま、ホテルのレストランでサービス価格のランチがはやっていますが、お客さんはみんな女性ですよね。カール・ポ ランニーの経済の仮説で「家政」と「互酬」という言葉が出てきます。詳しくは本をご覧いただきたいのですが、「家政」というのは自給自足です。「家政」は 女性の役割ですよね。スーパーマーケットで食料を買うのは女性です。消費者団体のリーダーは女性ですよね。また、街づくりをするときも、女性が行ってみた いと思うような街をつくらないといけません。
昆 最後に、松尾さんがこの本を書いた動機を聞かせてください。
松尾 私は、国内のジャガイモで成功したという自負があります。カルビーを退職した後、あまりにも馬鹿げた農業論理が広がっているので、義憤に駆られてこの本を書きました。
江崎玲於奈博士は、「偉大な第一歩は『失敗から始まる』」と言っています。失敗を恐れず、「スマート・テロワール」を築くことに踏み出してほしいと思います。

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リンク:
「スマート・テロワール : 農村消滅論からの大転換」を読んで

「スマート・テロワール : 農村消滅論からの大転換」内容紹介

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